大判例

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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)5916号 判決

原告

衣川久恵

被告

林田英士

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して原告に対し、一九五万八三四四円及びうち一七七万八三四四円に対する平成元年一二月二三日から、うち一八万円に対する平成四年七月二三日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して原告に対し、九七四万一六九六円及びうち八七四万一六九六円に対する平成元年一二月二三日から、うち一〇〇万円に対する平成四年七月二三日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、指定方向外進行禁止場所を右に進路を変更した普通乗用自動車が右側車線を並走していた普通乗用自動車に衝突し同車の同乗車が負傷した事故に関し、右被害者が加害車の運転者に対し、民法七〇九条に基づき、保有者に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  事実(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成元年一二月二三日午後〇時一〇分ころ

(二) 場所 大阪市平野区喜連二丁目一番先路上(以下「本件事故現場」ないし「本件道路」という。)

(三) 事故車 被告林田齊(以下「被告齊」という。)が所有し、同林田英士(以下「被告英士」という。)運転していた普通乗用自動車(泉五八ろ二五八四、以下「被告車」という。)

(四) 被害車 衣川雄三が運転し、原告が同乗していた普通乗用自動車(泉五九す二五八四、以下「原告車」という。)

(五) 事故態様 指定方向外進行禁止場所を右に進路を変更した被告車が右側車線を並走していた原告車に衝突し、原告が負傷した。

2  責任原因

(一) 被告英士は、被告車を運転し、過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条に基づき、原告の損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告齊は、被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたのであるから、自賠法三条本文に基づき、原告の損害を賠償すべき責任がある。

3  損益相殺

原告は、本件事故により生じた損害に関し、治療費として一〇九万五六〇〇円、自賠責保険から二一七万円の支払いを受けた。

二  争点

1  過失相殺

(被告らの主張)

本件事故の態様に照らし、一定限度の過失相殺がされるべきである。

2  原告の受傷と傷害との因果関係、後遺障害の内容、程度

(一) 原告の主張

腰椎椎間板ヘルニアが外傷性か否かの判断は、レントゲン検査、MIAI検査という医学的検査結果それ自体のみで判断すべきではなく、本件事故当時の具体的状況、それまでの身体状況等を総合判断して初めて可能である。原告は、本件事故前において、腰痛で治療した履歴もなく、本件事故直後から腰痛を訴えていたのであり、最終的に腰椎椎間板ヘルニアであることが判明したのである。以上の経過に照らし、本件事故により原告に後遺障害が生じたことは明らかである。

(二) 被告らの主張

原告の神経症状としては、腰椎椎間板ヘルニアか変形性脊椎症あるいは両者の合併症が考えられる。右腰部椎間板ヘルニアは、腰椎椎間板の脱・突出により生ずる腰痛・坐骨神経痛の代表的な起因疾患であるが、明瞭な外傷によりヘルニアが生ずるのは約四分の一ないし二分の一にすぎないとされており、加齢とともに進行する椎間板変性に起因するヘルニアの発症が大きな割合を占めている。ヘルニアを生じた椎間板の変性が更に進むと、椎間板はその高さを減じ、繊維輪が膨隆を示すようになり、その後は、上下の椎体における外層繊維輪付着部(隔角)により骨棘形成が行われることとなり、この骨棘が脊髄神経根を圧迫すると、神経根症状が出現するとされ、また、中年以後のヘルニアの場合、加齢による脊椎骨全体としての変性を度外視できず、このヘルニアは、レントゲン写真上、病歴の古いものにおいては、椎間腔狭小化、骨棘形成等が見られ、病歴の新しいものでは、しばしばレントゲン写真上、異常所見を認めないことがあるとされている。

他方、変形性脊椎症は、レントゲン写真像で見られる老化に伴う脊柱の特徴的な骨変化に由来し、名付けられた診断名であり、疼痛発生原因は、脊柱全体の老化と密接な関係を有し、椎間板性疼痛・椎間関節性疼痛に加え、脊柱管狭窄症とも重なり合う部分が多く、レントゲン写真上、椎体隔角部よりの骨棘形成がその特徴であるとされている。

原告には、レントゲン上、腰椎L四・五間の狭小化、腰椎椎体の骨棘形成が認められ、MRI検査でも、腰椎L四・五間の椎間板が黒つぽく変性している。

したがつて、加齢による既往症として事故前に存した可能性が高く、本件事故に起因するとは考えられない。仮に、原告に年齢的な変形からくる腰部椎間板ヘルニアが存し、日常、変調や鈍痛を来し、近い将来に痛みが発現する素因が存し、それが本件事故により誘発され、現実的な事故後の痛みとして発現したのであるから、被告車が負担すべき賠償額の範囲は、寄与度を考慮した適正な範囲に限定されるべきである。なお、仮に後遺障害が肯定されたとしても、その存続期間は、三年ないし五年に限定されるべきである。

3  その他損害額全般(原告の主張額は、別紙計算書のとおり)

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  事故態様等

前記(第二、一、1)争いのない事実に証拠(甲二の1ないし12、七)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

本件事故現場は、別紙図面のとおり、南から北へ通じる二車線の道路(幅員約六メートル、以下「本件道路」という。)と本件道路へ合流する側道(幅員約三・七メートル、以下「本件側道」という。)との合流箇所にある。本件道路の制限速度は法定速度(時速六〇キロメートル)であり、終日駐車禁止、指定方向外進行禁止であり、路面は平坦であり、アスフアルトで舗装され、本件事故当時乾燥していた。

被告英士は、被告車を運転し、時速約四五ないし五〇キロメートルの速度で本件側道を北進中、別紙図面〈2〉で右折の合図を出し、約一二・八メートル進行後、本件道路を進行する車両の動静を十分確認しないまま、同〈3〉でハンドルを右に切つたが、約五・六メートル進んだ同〈4〉で自車右前部を原告車左前部に接触させた。

原告車は、本件道路の走行車線を北進中、別紙図面〈ア〉で同〈1〉を走行する被告車を発見したが、そのまま走行したところ、約二一・四メートル進行後、同〈イ〉で同車左前部を被告車右前部と接触させた。

本件事故により、被告車には、右前フエンダー凹損、右前輪擦過小破の、原告車に左前フエンダー、同バンパー、左後フエンダー等凹損擦過の損傷が生じた。

2  過失相殺(被害者側の過失)について

被告英士には、本件道路に進入するに当たり、同道路を走行する車両の有無、動静を十分注視して進入すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つたまま進入した過失がある。他方、雄三には、同道路を直進するに当たり、本件側道から進入して来る車両があることを予想し得たのであるから、同道路を進行する車両の有無動静に注意を払うべき義務があるにもかかわらず、右注意を十分に尽くさなかつた落度がある。

このことに加え、本件道路は本件側道に対し優先する関係にあること、被告英士の不注意の程度が著しいこと、被告車が本件道路に進入したのが原告車の直前であり、原告車左前部と被告車右前部とが接触している事故態様に照らし、被告車の進入の態様が極めて不適切であることを考慮し、両者の過失を対比被告英士の過失の方が極めて重大であり、雄三の過失は一割にとどまると解すべきであるから、後記損害から同割合を減額すべきである(なお、雄三と原告とは、夫婦であり、身分上ないしは生活関係上一体をなす関係にあるから、雄三の過失は、いわゆる被害者側の過失として、原告に生じた損害につき斟酌すべきである。)。

二  原告の受傷と傷害との因果関係、後遺障害の内容、程度

1  治療経過

(一) 証拠(甲三の1ないし3、四の1ないし7、五、六、一二ないし一四、乙一ないし七)によれば、本件事故後の治療経過につき、次の事実が認められる。

原告は、本件事故により、頸部挫傷、腰椎捻挫等の傷害を負い、平成元年一二月二三日から平成二年二月六日まで、平成三年三月一三日から同年七月一八日まで、回生会藤田病院(以下「藤田病院」という。)に通院(実通院日数八日)、平成元年一二月二五日から平成三年一月二八日まで皆川病院に通院(実通院日数一四八日)し、平成三年七月一七日症状が固定した。なお、その間、皆川病院への通院回数は、平成元年一二月が五回、平成二年一月が二一回、同年二月が二二回、同年三月が二三回、同年四月が二一回、同年五月が二二回、同年六月が一六回であつたが、その後、同年七月が一回、同年八月が三回、同年九月が三回、同年一〇月が二回、同年一一月が三回、同年一二月が二回と急激に逓減した。

(二) 両病院での治療経過は、次のとおりである。

(1) 藤田病院での治療経過(乙五)

原告は、同病院での初診時、頸部打撲、左肢挙上により、痛みが右肩に生ずると診断され、頸椎のX線検査が実施され(平成元年一二月二三日)、その後、湿布交換をしてもらうなどしていたが(平成二年二月三日)、腰部に鈍い痛み、放散痛があり(平成三年三月一八日)、コルセツトをして経過観察し、圧迫が続き、変性がある場合、しびれが残る可能性が術後もあると説明され(同月二〇日)、知覚が低下し、第一趾の伸展力が弱く(同年四月二四日)、軽度の知覚低下が認められる(同年七月一七日)などした。

(2) 皆川医院での治療経過(乙六)

原告は、同病院において、初診時、首、肩、腰の痛みを訴え(平成元年一二月二五日)、頭痛、頸部痛、腰痛を訴え(同月二六日)、その後、主として頸部痛を訴えていたが、右下腿知覚鈍麻を訴え(平成二年一月二五日、二月一日、一七日)、腰痛を訴え(同年一月二七日)、腰から右下肢まで痛むと訴えたので、仙骨ブロツクを実施し(同月三一日、同年二月七日、同月一四日)、やがて、大腿部のしびれは改善した(同月二八日、同年三月七日)。原告の症状に変化はなく、安定し、調子が良い日があつたが、右下腿のこわばり、腰痛が生じ(同年四月二五日、二七日)、また、変化がなく、安定した状態になつたものの、時に、腰痛が生じ(同年五月二二日)、頸部から肩にかけての痛みが生じ(同月三一日)、たまに、腰部知覚鈍麻が生じた(同年八月九日、一二月二六日)。

2  原告の後遺障害の内容・程度に関する医師の見解等(骨子)

後掲の各証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 平成二年二月七日付け警察官による皆川医院皆川博医師(以下「皆川医師」という。)に対する電話照会の結果(皆川医師の談。甲二の11)

同医師発行の診断書の傷病名「外傷性、頸、肩、腰部症侯群、外傷性腰椎椎間板ヘルニアの疑い」について、警察官が照会したところ、同医師は「原告は、相手方の運転者と共に来院し、双方とも車両が相当壊れている様な説明をした。原告は、首、肩、腰の痛みを訴えており、特に腰の痛みを訴えていたが、レントゲンの結果は何も認められず、外傷性とは認め難いが、怪我があるということで、同人の愁訴もあり、診断書のとおり、疑いと記入した。」と回答した。

(二) 平成三年七月一四日付け回生会藤田病院濱田彰医師(以下「濱田医師」という。)作成の後遺障害診断書(乙五の8)

「原告の頸部挫傷、腰椎捻挫、外傷性腰部椎間板ヘルニアの傷害は、平成三年七月一七日、症状が固定した。自覚症状として、腰痛、右下肢痛、右足背部知覚鈍麻があり、他覚症状、検査結果として、右下肢放散痛、ラセーグ徴候七〇度陽性、右足背部の知覚鈍麻、右拇趾伸展筋力の低下が認められ、腰椎部MRI検査で、腰部椎間板ヘルニアをきたしている。将来、根性坐骨神経痛症状が憎悪し、手術療法を要す可能性がある。」

(三) 平成三年一一月一八日付け自算会の判断(乙七)

「右下肢放散痛があり、ラセーグ徴候七〇度陽性であり、右足背部の知覚鈍麻、右拇趾伸展筋力の低下が認められ、MRI検査で腰部椎間板ヘルニアが認められる。将来根性坐骨神経痛症状が憎悪し、手術療法を要す可能性がある。」としつつ、顧問医意見として「レ線、腰椎MRI上、若干圧迫像らしきものが認められるも判断(判然の誤記か)としない。」とし、担当者意見として「事故の形態、物損状況から腰部に強力な外力が加えられたものとは考え難く、提出の医証等治療経過上においても、神経学的検査上も異常所見に乏しく、症状所見等から非該当と判断する」としている。

(四) 皆川医院の症状経過報告書(乙八の2)

「原告の負傷状況は、原告の陳述によると、事故時、助手席に位置し、安全ベルトを緩め、左手で下方の物を取ろうとした時、左側より衝突され、バツクミラーで前額部を打つたとのことであり、腰部椎間板の繊維軸に回旋運動が大きく加えられたと考えられる。前屈姿勢において、椎間板の荷重は三〇〇キログラムを超えると言われている。判断の小野教授によれば、ヘルニアの半数は、外力の作用を契機に発生しているとされており、ほとんどの例で腰痛が先行し、数日から数か月遅れて下肢症状が出てくるとされている。

原告は、平成元年一二月二五日から平成三年一月二八日まで当院に通院(実通院日数一四八日)し、初診時より腰痛を訴え、平成二年二月ころ、右下肢のしびれを訴え、同年六月ころ、ラセーグ反応が陽性であつた。」

(五) 平成四年二月二四日付け自算会の判断(乙一〇)

右皆川医師の症状経過報告書の見解をそのまま引用の上、担当者意見として、「提出資料上並びに腰部レントゲン写真、MRI上等につき、再検討の結果、画像上から外傷性の病変とは捉らえ難いものの、症状所見、内容等つから椎間板の変形によると思われる腰部痛等神経症状の残遺が認められる。よつて、本件は、その程度から当該部に神経症状を残すものとして自賠一二級一二号の適用とする。なお、下肢症状については、経過上、特段の恒常性、継続性は捉らえ難く、腰痛等の局所症状主体で推移していること、並びに画像所見上からは非外傷性と捉らえられる。」

(六) 平成五年五月三一日付け医療調査報告書における相談医の意見(乙一二)

「レントゲン上、腰椎L四・五間の狭小化、腰椎椎体の骨棘形成が認められ、MRI検査では、写真が鮮明でなく、明確には指摘できないが、腰椎L四・五間の椎間板が他の椎間板に比較し、黒つぽく写り、変性していると思われる。腰椎椎間板ヘルニアの症状には、年齢的な変化が関係しているといえ、寄与度が何割かを数字で表現するのは難しいが、年齢的な加齢変化が存在するといえるだろう。」

(七) 平成五年一二月二三日付け調査報告書における顧問医の意見(乙一六)

「原告は、年齢の割にかなりの経年性変化が見られる。事故前から腰が痛んだ疑いがある。三七歳の女性としては、変形性脊椎症の症状が進んでいる。腰椎L四・五間の狭小化、腰椎の骨棘形成が著明である。」

(八) 鑑定人である山口大学整形学科河合伸也教授(以下「河合鑑定人」という。)の鑑定結果

「一般に腰椎椎間板ヘルニアは、椎間板の変性を基盤として発生するものであり、その契機として思い当る原因や外傷が判然としないことが多い。時には、重い物を持ち上げたこと等の椎間板に対する外力が契機になることもあるが、その場合も、通常は、既に椎間板の変性が基盤に存在していて、しかも、その時点から腰痛・下肢痛・下肢のしびれ等の症状や所見がかなり明確に持続していることが多い。まれにではあるが、ほぼ正常に近い椎間板に強い外力が作用して外傷性に椎間板部が剥離し、ヘルニア状態になることもあるが、この場合には、骨折や脱臼を伴うことが多く、したがつて、通常は歩行もできず、直ちに入院又は入院に近い状態で外傷の緊急治療を必要としている。

原告の事故後の治療をみると、事故当日(平成元年一二月二三日)の藤田病院において、かなり強い、又は少なくとも深刻な腰痛が訴えられた形跡はなく、同月二五日に皆川医院を受診した際に痛む部位として、首、肩、腰が訴えられているが、同日の診断名は、筆跡に照らし、外傷性肩腰症候群であつたと推測でき、その後の診療録の記載は、頸部から肩の痛みが主であり、平成二年一月二五日、右下肢知覚鈍麻又はしびれの記載があり、同月二七日から同月三一日にかけ、腰痛が次第に主な症状となつたと把握できる。このころから仙骨ブロツクが数回実施されている。事故により、頸部、肩部、腰部に外力を受けていたことは事実であろうが、当初の治療は、主に局所の湿布で対応していることから、おそらく、外力による頸部・肩部・腰部の筋肉・靱帯等の軟部組織の障害が主病変であつたと推測される。

したがつて、原告の腰部椎間板ヘルニアと考えられている病変は、事故が直接的な契機となつて発症したとは考え難く、X線所見やMRI所見も考慮すると、元来から下部腰椎部に変性が存在しており、それが何らかの原因で症状の増悪につながつたと考えることが妥当であろう。本来的に腰痛や椎間板ヘルニアの発症には、日常生活の諸動作を含め、多くの事柄が積み重なつて原因となると考えられている。その中には、事故による外力が遠因となつている可能性を全く否定するものではないが、考えられる原因の全体の中に占める割合で考えると、事故が遠因である可能性の重みは必ずしも高くないと思考する。

本件について検討すると、平成二年三月二〇日(皆川医院)のX線写真によれば、第三・第四腰椎間の狭小化は定かではなく(むしろ認め難く)、第四・第五腰椎間及び第五・仙椎間に狭小化が認められるが、同所見は、一回の外傷に起因すると考えることは無理であり、年月を要した変性所見であると考えるのが妥当である。また、右X線写真から、四椎体、五椎体には骨棘の形成が認められるが、右所見は、第四・第五腰椎間及び第五・仙椎間にかなり以前から変性が存在しており、その椎間板変性に対する反応性変化として骨棘が生じていると考えることが妥当である(第三腰椎には、明らかな骨棘形成は認められない。)。平成三年三月一八日付けのMRI所見としては、第四・第五腰椎間及び第五腰椎・仙椎間の椎間板は、低信号で、高さがやや低く、前後方向(特に後方)にやや膨隆している。すなわち、これらの二か所において、椎間板はかなり顕著に変性していることを意味しており、形態的に椎間板が後方に膨隆していることから、椎間板ヘルニアと表現できないこともないか、むしろ変形性脊椎症の所見の一つとして把握しておく方が妥当と考える。

年齢的な椎間板の変性等と交通事故との寄与割台は、非常に難しい問題ではあり、数値的な根拠、裏付けによるものではなく、経験してきた多くの症例に基づいた見解であるが、椎間板の変性が六〇~七〇パーセントの寄与であり、交通事故は、二〇パーセント以下の寄与であり、その他の日常生活動作等の積み重ねが二〇パーセント程度又はそれ以下の寄与として考えておくことが妥当であると推定する。

原告の症状に対する治療が主に局所の湿布であつたこと、自分で通院していることを考慮すると、原告が日常の家事すら全く行えなかつたとは考えにくいが、事故後に頸部・肩部・腰部の痛みが存在していることから、通常は、事故後、三日から一週間程度は、安静を保持しておくことが望ましい状態であつたと推測する。

症状固定時期は、平成三年七月一七日の後遺障害診断書作成時とみるのが現実的であり、同診断書に記載されている内容の後遺障害があつたと考える。その程度は、一二級一二号の「局部に頑固な神経症状を残す」場合に該当すると考えるのが妥当である。」

3  当裁判所の判断

(一) 以上の認定事実によれば、原告は、本件事故により、頸部挫傷、腰椎捻挫等の傷害を負い、平成元年一二月二三日から平成二年二月六日まで、平成三年三月一三日から同年七月一八日まで、藤田病院に通院(実通院日数八日)し、平成元年一二月二五日から平成三年一月二八日まで皆川病院に通院(実通院日数一四八日)し、平成三年七月一七日症状が固定したこと、症状固定時、自覚症状として、腰痛、右下肢痛、右足背部知覚鈍麻があり、他覚症状、検査結果として、右下肢放散痛、ラセーグ徴候七〇度陽性、右足背部の知覚鈍麻、右栂趾伸展筋力の低下が認められ、腰椎部MRI検査で、腰部椎間板ヘルニアをきたしており、将来、根性坐骨神経痛症状が増悪し、手術療法を要す可能性があること、症状固定時までの間、皆川病院への通院回数は、本件事故後、平成二年六月までは、月のうち、半分を超えていたが、仙骨ブロツクの実施により、腰痛は安定化し、同年三月上旬には大腿部のしびれが改善し、同年七月以降、通院回数が激減し、月当たり二~三回程度にとどまつていること、本件事故後の治療経過は、事故当日、藤田病院においては、腰痛が訴えられた形跡はなく、同月二五日、皆川医院を受診した際に、首、肩の他、腰の痛みが訴えられたものの、頸部から肩の痛みが主であつたこと、当時の治療は、主に局所の湿布であり、外力による頸部・肩部・腰部の筋肉・靱帯等の軟部組織の障害が主病変であつたと推認されること、その後、平成二年一月二五日、右下肢知覚鈍麻又はしびれが生じ、同月二七日から同月三一日にかけ、腰痛が次第に主な症状となつていき、このころから仙骨ブロツクが数回実施されたこと、平成二年三月二〇日のX線写真によれば、第四・第五腰椎間及び第五・仙椎間に狭小化が認められ、四椎体、五椎体には骨棘の形成が認められるが、右所見は、腰椎・仙椎の陳旧性の変性とこれに対する反応性変化とみることが妥当であること、第四・第五腰椎間及び第五腰椎・仙椎間の椎間板は、形態的に椎間板が後方に膨隆していることから、椎間板ヘルニアとみるより、むしろ変形性脊椎症であるとも解し得ることが認められる(なお、前記第三、二、2、(二)のとおり、濱田医師作成の後遺障害診断書中には、腰部椎間板ヘルニアが外傷性のものであるとの記載部分があるが、右記載は、原告の主訴に基づく判断であり、医証を子細に分析してのものとは解し難いので右記載部分は信用しない。)。

以上の治療経過に加え、原告は、家事労働ができなかつた期間につき平成二年七月末までと主張していることに照らすと、原告の労働能力は、本件事故から三か月間は、労働能力を完全に喪失し、腰痛が安定化し、大腿部のしびれが改善した平成二年三月後半以降の三か月間は、労働能力の七〇パーセントを喪失し、通院回数が激減した同年七月以降の一か月間である同月後半までは労働能力の三五パーセントを喪失したと認めるのが相当である。

また、右後遺障害の内容・程度、自算会において、等級表一二級一二号に該当すると認定されていること、労災補償において、労働基準監督局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号により、後遺障害等級一二級の場合の労働能力喪失率が一四パーセントとして取り扱われていることは当裁判所にとつて顕著な事実であること、前記椎間板の変性に基礎を置く病変が短期間で改善するとは解し難いこと、原告の年齢、職業等諸般の事情を考慮すると、原告は、症状固定時、労働能力の一四パーセントを喪失し、同状態は、症状固定(平成三年七月一七日)後、原告が主張する二〇年間は残存すると認めるのが相当である。

(二) もつとも、前記(第二、二、2、(八))のとおり、河合鑑定人の鑑定結果によれば、「一般に腰椎椎間板ヘルニアは、椎間板の変性を基盤として発生するものであり、その契機として思い当る原因や外傷が判然としないことが多い。椎間板に対する外力が契機になる場合、通常は、既に椎間板の変性が基盤に存在し、事故時から腰痛・下肢痛・下肢のしびれ等の症状や所見が明確に持続していることが多い。まれにではあるが、ほぼ正常に近い椎間板に強い外力が作用して外傷性に椎間板部が剥離し、ヘルニア状態になることもあるが、この場合、骨折や脱臼を伴うことが多く、歩行もできず、直ちに入院又は入院に近い状態で外傷の緊急治療を必要としていること少なくないのが通例である。」とされており、右内容は信用に値すると解される。

このような場合、本件事故により生じた損害のすべてを加害者側に負担させるのは、損害の公平な分担の理念に照らし、相当ではないから、過失相殺の規定を類推し、前記諸事情を考慮の上、本件事故により生じた損害から五割を減額するのが相当である。

(二) なお、右に関し、前記(第三、二、2、(八))のとおり、河合鑑定人は、さらに、「原告は、本件事故後三日から一週間程度は、安静を保持しておくことが望ましい状態であり、また、原告の症状は、椎間板の変性が六〇~七〇パーセントの寄与、日常生活動作の積み重ねが二〇パーセント程度又はそれ以下の寄与であり、本件事故は二〇パーセント以下の寄与に過ぎない。」との見解を示している。

しかし、右鑑定人の見解中、原告が三日ないし一週間程度の安静で足りるとの点は、原告は、当初は頸部痛が主であつたものの、本件事故から約一か月後から右下腿知覚鈍麻、腰痛を訴え、仙骨ブロツクまで実施しているのであるから、にわかに首肯し難いし、本件事故の寄与度が二〇パーセント以下とする点も、同鑑定人が自ら認めているように、十分な根拠・裏付けによるものではない上、仮に、医学的にみて、原告の発症に関し、本件事故は、引き金ないし誘因となつたにとどまり、主たる原因とはなつていないとしても、原告としては、本件事故がなければ健康な社会生活を営み得たのであろうこと、椎間板の変性は必ずしも特異な病変ではなく、加齢等により通常人にも生じ得る一般的素因であることなどを考慮すると、五割を超える減額を行うことにより、賠償請求に過度の制限を加えることが損害の公平な分担を図る上での良策とは解し難いから、にわかに賛成できない。

三  損害

1  治療費(主張額一〇九万九一〇〇円)

右費用を要したことは、当事者間に争いがない。

2  休業損害(主張額一七七万七五〇三円)

証拠(甲二7、8)、弁論の全趣旨によれば、原告(昭和三一年二月二四日生)は、主婦として家事労働に従事する者であり、本件事故当時三三歳であつたところ、本件事故の年である平成元年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者の三〇歳から三四歳までの平均賃金は、二九三万五九〇〇円であるところ、同女の本件事故当時の労働能力を評価すると、右金額を下まわらないものと解するのが相当である。

前記(第三、二、3)のとおり、原告は、本件事故により、頸部挫傷、腰椎捻挫等の傷害を負い、本件事故日から三か月間は、労働能力を完全に喪失し、その後、三か月間は、労働能力の七〇パーセントを喪失し、さらにその後の一か月間は、その三五パーセントを喪失しものと認めるのが相当である。

したがつて、原告の休業損害は、次の算式の合計額である一三三万三三八七円となる(一円未満切り捨て、以下同じ)。

2935900÷12×(3+0.7×3+0.35×1)=1333387

3  後遺障害逸失利益(主張額五九三万〇六九三円)

前記(第三、二、3)のとおり、原告(昭和三一年二月二四日生)は、症状固定日である平成三年七月一七日当時三五歳であるところ、平成三年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者の三五歳から三九歳までの平均賃会は、三二四万四〇〇〇円であるところ、同女の症状固定時の労働能力を評価すると、右金額を下まわらないものと解するのが相当であること、また、前記(第三、二、3)のとおり、原告は、本件事故による後遺障害により労働能力の一四パーセントを喪失し、その状態が症状固定後二〇年間継続することが認められるから、ホフマン方式により中間利息を控除し(二二年の係数から二年の係数を差し引いた数値)原告の後遺障害逸失利益の本件事故時の現価を算定すると、次の算式のとおり五七七万六二七九円となる。

3244000×0.14×(14.5800-1.8614)=5776279

4  慰謝料(主張額通院慰謝料一〇〇万円、後遺障害慰謝料二二〇万円)

本件事故の態様、受傷内容、治療経過(実通院日数一五六日)、後遺障害の内容・程度等、本件に現れた諸事情を考慮すると、通院慰謝料は一〇〇万円、後遺障害慰謝料は二〇〇万円が相当と認める。

3  小計

以上の損害を合計すると、一一二〇万八七六六円となる。

四  過失相殺、過失相殺類推、損害の填補及び弁護士費用

1  右損害につき、過失相殺(第三、一、3)により一割を減額し、過失相殺の類推(第三、二、3)により、五割を減額し、さらに、当事者間に争いのない損益相殺(第二、一、3)をすると、別紙計算書記載のとおり一七七万八三四四円となる。

2  本件の事案の内容、本件事故後弁護士を依頼するまでの時間的経過、認容額等一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は一八万円と認められる。

五  まとめ

以上の次第で、原告の請求は、別紙計算書のとおり、一九五万八三四四円及びうち一七七万八三四四円に対する本件不法行為の日である平成元年一二月二三日から、うち一八万円に対する本訴状送達の翌日である平成四年七月二三日から、各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 大沼洋一)

別紙 〈省略〉

計算書

〈省略〉

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